蒼穹(鹿児島一泊ツーリング・第四章 旅先にて)
著作・製作 Hanajinさん  Hanajinさんってどんな人?



桜島を北西に見ながらフェリーは進む。

熱かった日差しは幾分和らいで、今日の終わりを告げようとしている。

あとワンステージで今日の走りも終わる。
meiさんとも、明日までしばしの別れだ。

たった数時間のつき合いなのにかけがえのない友達との別れのように寂寥感が心を掠める。

フェリーの席をmeiさんの隣に移して話をする。

再び鹿児島市内へ。

meiさんと別れて南へ向かう。
錦江湾を左に見ながら一路指宿へ。


車が多い。

一番後ろに付いた。前にakutaさん、その前にsugakiさん。

今日のakutaさんはおとなしい。

sugakiさんを気遣っているのがよく分かる。
sugakiさんに付かず離れず走っている。赤いマフラーというのか、布きれを首に巻いて、少年のようだ。

二人を見守るように走る。

実は二人の話は先週VANさんから聞いて知っていた。
小倉でオフ会をしたときに、Kawさんを除いてVANさん,happyさん、akutaさんと
独身男性に早く春が来るようにという話をした。

ついこの前のことだ。

akutaさんの背中からは、春を通り越して真夏の気配が漂う。




指宿が近づいた。

私が一番後ろだと思っていたら、TDKさんが迫ってきた。

信号で二人が取り残される。
「指宿市街」と書かれた方に曲がってスピードを上げる。

誰もいない。引き返す。

信号の曲がり角でTAKAさんたちが待っていてくれた。

少し走ってユースに電話をする。場所はだいたい分かったようだ。
しかしまたしてもVANさんがいない。

さすらいの道雪氏と先に行ったらしいのだが、道雪氏は今日は山川に泊まるとのこと。
神隠しVANさんの面目躍如だ。

ユースに着いてVANさんに連絡する。

今郵便局の所にいるという。
ユースの人に聞くと郵便局はすぐそこだと言う。VANさんはそれから20分後に着いた。




早々に支度をして砂蒸し風呂に急ぐ。

みな体が乾燥している。
先に飲むか、我慢して更に旨いビールを飲むか。建設的な議論の末、ビールを探す。

温泉の建物の中には無かった。
水で我慢する。


砂の中に自分の体の形がある。じわりと汗が滲む。

いつごろから砂浜が熱いのか知らない、太古の人々もこうやって疲れを癒したのだろうか。
波のさざめきを聞きながら、葦簀の天井を眺めている。

VANさんの声が聞こえる。
砂蒸しはサウナよりも利く。

砂の重みがあるだけ体に負担がかかるからだろうか。
何よりも早く上がって、ビールを飲みたいという生理的欲求が優先する。

早々に上がった。

akutaさんとsugakiさんが仲良く並んで砂に埋もれている。




指宿の駅前は何とも寂れたたたずまいだった。

事前情報ではネオンキラキラのイメージがあったのだが、土曜日にこれではあまりにも寂しいと感じた。

タクシーの運転手に紹介された小料理屋に渋々行く。
同じタクシー会社の運転手の奥さんがしているという。

何か計略にはめられたような気分がないでもなかったが、表通りにはそれしかなかった。

何よりも最初のビールの上手さは50年の人生の中でもベスト20のうちに入るだろう。

料理はあまり期待していなかったが、これは大外れ。すべて旨かった。
特に薩摩揚げと鰹のたたき。

さすらいの道雪氏も駆けつける。さっぱりした顔をしている。

山川から列車でやってきたという。
ほんの数ヶ月前まで、全く知らなかった人間同士がこうやって酔いしれて心を許すことが出来る人間関係。

今日知り合った人もいる。

世界中の人がこうやって楽しさを共有出来れば、人類の未来は少しは明るいか。







時間は常に同じ速さで流れているのではない。

いつの間に、と思う速さで時間が過ぎてしまっているとしたら、
それは幸福を多く与えられた至福の時の流れの中に自分がいたということだ。

だから青春と呼ばれる時間は速やかに過ぎ、朱夏を越えて白秋を迎える時の流れは緩やかだ。


腹の捩れるほど笑えることは「大人」になるにつれて少なくなる。
笑い過ぎて涙が出るような思いをしたのは何年振りだろう。


みんな少年のような笑顔だ。
心を解き放って何者も受け入れることが出来る喜び。

だがもう宿に帰らねばならない。
今日一日の疲れが快く押し寄せてくる。

今日は今日の眠りを眠ろう。





旅に出ると目覚めるのが早いのはいつもの癖。

5時前には目が覚めていたが今日の走りのために少しでも休んでおこうと目を閉じたまま横たわっている。

普段なら起きてあちこち歩き回るところだ。
しかし南国の太陽は朝から体力を奪うだろう。

今日の予定を思い浮かべる。
長崎鼻、開聞岳、池田湖、指宿スカイライン。そして知覧。鹿児島市内。



時代は旅を変えた。
江戸時代の基準から見れば筑前国から薩摩国を日帰りで往復出来ることは想像さえ出来ないことなのだ。

それが良いこととは決して思わない。

歩く速度の旅もしてみたいと思う。
それが不可能なら、せめて心だけでも歩く速度でものを見たいと思う。


少し歩こう、そう思って起きあがった。

小銭を持って宿を出る。昨日の気温は十分に下がらないまま、朝を迎えている。
日陰を選んで腰を下ろし朝の缶コーヒーを飲む。

静かだ。

人の姿も見えない。

地球上にたった一人取り残されているような錯覚。究極の孤独。

心地よい。





びろう樹が早朝の青空にくっきりと立っている。

微風さえもない。

心が逸る。同宿の学生達も準備を整え、ユースの主人に挨拶をしている。

彼らも彼らの一日をこれから過ごす。
ほんの一夜の縁。
これから二度と彼らに会うこともない。


仲間のバイク達も火を入れられて出番を待っている。

熱い一日の始まりだ。



南へ向かう。長崎鼻で道雪さんと会う予定。
ドカ氏とBM氏も合流するはずだ。



まずは快適な道路。

休日だというのに道は広々と使える。

開聞岳を右手に見ながら快走する。


長崎鼻に着いた。
土産物屋が手招きする。

少し歩かなければ海は見えそうになかった。

観光地に付加価値を付けるために、ここでは猿を飼っているのか。

相談してここには止まらないことにする。
引き返し始めたところに丁度ドカ氏とBM氏が到着。
道雪さんは現れない。



連絡がつかないまま開聞岳に向かう。

山裾に入ると山容は掴めなくなった。
間近に見るために350円也を払う。

うねる山道を5分ほど登ると展望台に出た。



右手遙か下に錦江湾。左手に開聞岳が聳えている。
暫しの休憩。

道雪さんに連絡を取ると、すでに知覧にいるという。
特攻平和記念館で待ち合わせる。


TAKAさんが再びサイドカバーを外し始める。
どうも吹き上がりが悪いらしい。

エアークリーナーをいじっているようだ。
このバイクの全てを知っている強み。

どこをどうすればいいかTAKAさんの頭の中にある。

TAKAさんがバイクと折り合いをつけるのを待って出発。



少し下ってトカラ馬の放牧地で再度休憩。
岬にあたるのか。ここからの風景は伸びやかで明るい。

馬がじゃれあっている。
雄が求婚しているのか。
皆、水分を補給して池田湖へ向けて出発。




走る間もなく池田湖の湖畔の道に出る。
ここを走るのは15年ぶりくらいか。

あの時は4人。

そのうちの一人は次の年に亡くなった。
30歳。若い死だ。

風景の中に思い出が隠っている。
風景自体は心を持たないのに私に何かを語りかけてくる。



「大ウナギ」を見る。

我々が食べる普通のウナギとは違うのか。
大ウナギの蒲焼きなどは湖畔の名物にはなっていないから、やはり池田湖にだけ育つものなのか。


土産物店の中でmeiさんのご主人と会う。


meiさんとご主人のバイク


ひまわりを見守る人の目は限りない優しさを秘めているように見えた。



イッシーの像の前で写真。白いその像はひび割れてくすんでいる。

続く・・・